HOME > 交流会・セミナー情報 > 販促番長ドキュメント

販促番長!!ドキュメント「強み引き出し」

40代の頑固な石頭ダメダメ管理職が自己変革しリーダーになった瞬間を社長が語る!
語る人=瀬田 章弘=ダメダメ管理職に期待する経営者

瀬田 章弘(弘和印刷株式会社 代表取締役社長)写真 弘和印刷株式会社 代表取締役社長 / 株式会社アイズ アカウントエグゼクティブCEO
サラリーマン時代はセールスマンとして大阪を中心に西日本を売り歩き、300社以上の経営者や経営幹部の方々とお会いし、経営者の悩みを体感。家業(弘和印刷(株))に戻った後、数百社の経営者の方とお会いし、成功する経営者の考え方、戦略を実学で学ぶ。弘和印刷(株)を「コミュニケーションお手伝い業」として進化させるとともに、ソリューションカンパニー(株)アイズを起業する。
現在は、全国で講演活動を展開しつつ、最近では「メディア・ユニバーサル・デザイン」の普及にも努めている。

聞く人=三井 豊久=ダメダメ管理職の「強み」を引き出した職人

三井 豊久((有)ルーマス 代表 強み引き出し職人)写真 (有)ルーマス 代表 強み引き出し職人

18歳から約10年間日本全国を放浪し、生きていく「覚悟」と生き残る「知恵」を体得する。桑沢デザイン研究所を経て1991年(有)ルーマスを設立。放浪で培った「自分力」を活かし、飛び込み・テレアポ・ダイレクトマーケティングで2000社以上の社長と面談。会社の強み引き出しと販売促進に携わり、数多くの実績をあげている。現在は、チーム販促番長!!のメンバーとしても活動中。

話題の人=山本 大=凹んでしまった頑固なダメダメ管理職

山本 大(弘和印刷株式会社 千代田営業所長・販促番長)写真 弘和印刷株式会社 千代田営業所長・販促番長

将来のリーダー候補と期待されて中途入社した優秀な営業マン。しかし、時代の変化により営業スタイルの変化を余儀なくされ、自信を失う。「強み引き出し」により、現在は「販促番長」として活躍中。

 

経営者を何人育てられるか? それが私のしごと

経営者を何人育てられるか? それが私のしごと 私は2代目経営者です。我が家はもともと足立区で9代続く農家でしたが、父親の代で印刷業を興しました。社員30名ほどに成長した印刷会社を、いずれ私が継ぐことは分っていたので、大学卒業と同時に外部の会社へ入社し、武者修行をしてから家業に戻って考えたことがありました。
それは、「今後は印刷業だけでは難しい」という厳しい現実でした。
さっそく私は、企画・制作・デザインの会社を立ち上げ、現在では両方の社長を兼任しています。
印刷会社と制作会社、2社の経営をしつつ、現在目標としていることは、世の中に役立つ仕事をすることです。そのためにも、「社長のような意識を持ち、自らの責任で動ける人を何人育てられるか?」それが今の私の仕事と捉えています。そういう人材を育てられなければ次の新しい事業に手を打てないので、会社の未来がないのです。
しかし、弊社のような中小企業にはなかなかそれが難しい。新卒からじっくり育てる時間もないし、中途で次期経営者候補を採用してもなかなかうまくいきません。
…そんな時、採用したのが山本でした。

 

人柄は最高だ!最初は元気で良かったんです…

人柄は最高だ!最初は元気で良かったんです… 約3年前、印刷会社と制作会社、2社両方の社長となった頃でした。経営に専念するため、それまで私が営業担当していたお客様を引き継げる存在を求めて、山本を採用しました。
「私の感覚が分ってくれて、自ら目標を達成できる人材、年齢も若すぎてはいけない」
そう考えていました。心の中では、「次期事業部のリーダーになれる人材であれば…」というねらいもありました。
何人か面接して、山本の人柄に一発で心をつかまれました。何か光るものを感じたんです。私は、彼に賭けよう!と密かに心を決めました。彼ならみんなを引っ張っていけるだろうと思ったからです。
私の予想通り、入社後すぐに社員と仲良くなり、生来の明るいキャラクターを持つ山本のおかげで、会社が少し元気になったんです
でもそれは最初だけでした…。

 

だんだんと元気がなくなってきた幹部候補

だんだんと元気がなくなってきた幹部候補 当時山本は40歳少し前、印刷業界が良い頃を知っている年齢でした。でも時代は変わり、2001年から始まったITバブルが崩壊し始めた2004年頃からは、御用聞き営業が通じなくなり、お客様の本当の悩み事を聞けるスキルや、解決提案能力が求められる、いわゆる提案営業の時代に入ったのです。
今までのやり方が通用しないジレンマや焦りが、山本に襲い掛かりました。「焦り」が既存のお客様との関係にも悪影響を及ぼし、山本は悪いスパイラルに陥りました。のちに当時のお客様から、「山本さんは、仕事が欲しいとあまりにも押しが強いので気持ちが引いてしまった」とのお言葉もいただいたほどです。
かつて成功していた自分のやり方に自信を持っていたことがあだとなり、頑固さ・頭の固さばかりが目立ち、山本は益々自信を無くしていきました。

 

一からの出直し、でも自己改革できない苦しさ

一からの出直し、でも自己改革できない苦しさ 自信をなくした山本に、私は一からの出直しをお願いしました。お客様に「仕事ください!」と言うやり方から提案営業へ切り替えるように指示したのです。でも、山本は小さい頃からガキ大将で、スポーツも勉強もそこそこでき、おまけに可愛い、女性にもモテる。あまり挫折を味わったことのない人生でしたから、なかなか納得いかない様子でした。

当時ひんぱんに、山本の口から出ていた言葉に、「俺、間違ってないですよね」と、自分を正当化するものがありました。絶えず「自分は間違っていないか?」と自問自答する経営者の視点があったら絶対に出てこない言葉です。
20代をがむしゃらに働き、職業人として円熟期を迎える30代後半とは、経験を活かしたスタイルにライフステージが変わる時です。このままでは山本は一皮むけずに腐ってしまうのではないか。…業界の変化と年齢。山本は改革を迫られていました。
一方で、私も悩んでいました。
どうしたら分ってもらえるか?このままでは山本が活きなくなる、と危機感をおぼえていました。
やはり40歳を超えて、ものの考え方・頭が固まってしまった人間を管理職に育てることは、自分には無理なのではないか?
そんな時に、「強み引き出し」に出会ったんです。

 

向いているところを伸ばしたい!強みを引き出したい!

向いているところを伸ばしたい!強みを引き出したい! 言葉を尽くして営業理論を説明しても、納得しない山本。当時、私は山本の短所ばかりが気になり、ダメなところばかりを見て、直そうと躍起になっていました。しかしそれでは何も変わらない。
彼自身も「変わりたい」と苦しんでいました。そして、2年間ほどお互いに耐える日々が続きました。

…山本の元気や面倒見の良さを生かせないか?
既に40歳を越えた山本。無理に短所を直すのではなく、良いところを伸ばす方法はないだろうか?
そんな風に考え方を変えた頃、「強み引き出し」を見つけたのです。
「強み引き出し」は、自分では気が付かない「魅力」を発見し、引き出し、それを武器に本来の姿でビジネスに臨むというのです。私の考えていた「もともと持っている能力を活かす」は、「強みを活かす」と同じでは?と、ピンときました。
…何かを変えるきっかけになりそうでした。

 

何が起こるかわからないのに期待していた

何が起こるかわからないのに期待していた とは言え、正直「強み引き出し」と言われても何のことやら?です。怪しいと思わなくもありませんでした(笑)。それでも、自分自身が経営しながら、次世代のリーダー、しかも同世代を教育することができない上、山本自身に自己変革させるのはもっとハードルが高い。どっちみちできないなら、一度「強み引き出し」にチャレンジして、山本にきっかけを与えようと思ったのです。
「強み引き出し」と初めて聞いた時、山本は「ふざけないでください」程度の反応でした。当然ですよね。私自身も、まだ何だか分っていないのですから。
しかし山本本人も、なかなか売上げが伸びない中で、手探りしているような状態でしたから、もうチャレンジするしか道は残っていませんでした。
…「強み」を引き出した結果、何が起こるかわからない。どんな効果が期待できるかもわからないのに、何を期待して踏み出すことが出来たのか。 思い返すと、それは「会社のイノベーション」でした。
結局、会社が変わるには人が変わる以外に方法はないんです。そこからいろいろなアイデアや戦略が出てくる。それには思い切ったことにチャレンジしないと何も変わらないと考えて、何が飛び出るかわからない「強み引き出し」に期待したのです。

 

当人・周囲にも歓迎されていなかった「強み引き出し」

当人・周囲にも歓迎されていなかった「強み引き出し」 何が起こるか予想がつかない中、「強み引き出し」が始まりました。当初山本は、義務感で参加している意識が強く、「そんなことよりも得意先を回ったほうが…」と思っている様子がありありとわかりました。
それでも私は、一定期間はやってみないとわからないと考えていました。そう簡単に結果の出ないことですから、そこは期間をみる必要があると。
…正直、周囲の役員・スタッフからは、「社長は一体何をしようとしているのか?」と疑問視されていました。それでも効果を期待できたのは、「強み引き出し」の実践過程が興味深かったからです。
強み引き出し職人、三井さんから繰り返されるヒアリングと壁に書き出されるスケッチの山を見ていると、不思議と頭の中が整理されていくんです。
山本が意識していない山本の素のイメージを三井さんが引き出し、一つ一つ丁寧に拾っていく。そして次々と「ワード」にしていくんです。その言葉がシンプルで、分かりやすい上、私が山本に対して抱いていたイメージと一致していました。
そのあたりで、「これはいけるかも!」と期待がだんだん高まって来たのを憶えています。

 

山本の「強み」を活かして…「販促番長」誕生!

山本の「強み」を活かして…「販促番長」誕生! 山本の「強み」はどんどん引き出されていきました。本来持っている汗臭さ、泥臭さ、一緒にやってくれる「近所の頼りになる兄貴」的なイメージが浮かび上がってきたのです。
そのイメージを活かした結果が「販促番長」でした。コンセプトは山本をトップにして「お客様と一緒に売れる方法を泥臭く考える集団」です。
しかし、当の本人にはなじみのない自分のイメージです。さすがにショックだったでしょうね。当初は拒否反応が強く、やらされている感がありました。
それが変化してきたのは、集客のつかみのアイデアとして、「自分たちでお客様を集めてみよう」と、交流会の企画が始まった頃からです。
集まってきたお客様の前で、「販促番長」として振る舞ううちに、喜んでくれて山本を好きになる方が出てくる。だんだんと、「周囲が好む自分の姿」が見えたことで、「このまま突き進めばもっといけるかも知れない、自分は変われるかも知れない」と、自分自身の新たなの可能性が見えたのだと思います。
「販促番長!!」を広めるために企画した交流会の集客の過程で、山本の中の何かが変わり始めていきました。
やがて象徴的なエピソードが――。

 

自ら動き出す!自分の力で動き出す!

自ら動き出す!自分の力で動き出す! 最初は交流会のセッティングにしても、やると指示されてはじめて動き出していた山本ですが、徐々に変化していきました。交流会へコンスタントにお客様が集まってくださり、自信がついてきたのでしょう。自分の考えで行動し始めたのです。
ある日、交流会で集めたハウスリストの中から、コアとなるメンバーの方だけを集めたクリスマスパーティーを企画したいと言ってきたのです。ほぼ完璧に練られた計画を携えて…。これには喜びましたが、大丈夫か?と、心配にもなりました。
自己変革の兆しが現れた時でした。実行してどのように結果を出すのか心配でしたが、私は即答でOKを出し、早速進めるように指示しました。
ふたを開けてみたら、山本の集客でたくさんのお客様が集まってくださり、大変楽しんでいただけました。
…僕自身も本当に嬉しかった。
あれはまさに、山本が自分の強みに気付き、自信がわき始め、本来の楽しそうな山本が返ってきた瞬間でした。
これ以降は山本が、「自ら考えて実行していく」というスタイルが実現化していきました。

 

交流会で一緒にやろうよ!集客の天才!かも…

交流会で一緒にやろうよ!集客の天才!かも… 動き始めた山本は、自分で勉強を深めるようになり、何より、元気になりました。凹みやすい性格だったのが、自信を保ちポジティブに変化していきました。
もともと浮き沈みの激しい極楽トンボな性格でしたが、仕事に対する重みを感じて自発的に勉強をし、自らを奮い立たせるようにあえて明るく振舞う。そういう面も育ってきたのではないかと思います。
つまり、本当の意味でリーダーとしての自覚が芽生えてきた。素地ができたのだと思います。おそらく本人は苦しさもあるでしょう。それでもあえてその道に踏み込んでほしい。今はまだまだ入り口ですが、先が期待できると考えています。
リーダーとしての成長はまだこれからですが、「集客」面では想像以上の成長を遂げました。交流会等でコンスタントに30名以上集客できるようになりました。30名でも「集まりが悪いです」と反省しています。
おそらく、山本のらしさ=「強み」が交流会に合っていたのでしょう。山本と出会った人は山本の明るさに心開き、また会いたくなる。その人たちがたくさん集まり、交流を勝手にし始める、客が客を呼ぶ集客の仕組みが作れている様子が伝わってきます。
 とても幸せな形です。

 

予想よりも良かった、はじめの1年の実績!

予想よりも良かった、はじめの1年の実績! あまり期待していなかった1年が過ぎ、まず人を集められるようになったことを実感しています。「集客」は、我々にとって、最も欠けている面でした。
うっすらと感じていた山本の人柄による可能性。人が山本の周りに集まってくるのを見ていましたので、それが実を結んだことは嬉しかったです。
そうですね、想像以上に成長は早かったと思います。気が付けばハウスリストが800社を越えていることを知り、驚きを隠せませんでした。「販促番長!!」を立ち上げて、新しいお客様候補を800社以上探し出した実績は、当初の予想をはるかに超えたものでした。これも山本の「強み」を「販促番長!!」としてブランド化し、信じて実行した結果だと思いました。
山本だけではなく、周囲の社員たちの応援もまた、山本の強みを引き出し、実行に移させた要因と考えています。改めてみんなに感謝したいです。
…1年経って山本を改めてみると、別人になったとお世辞抜きで言えます。ダメダメで切れやすく凹みやすかった管理職が、自ら行動し始めるリーダーになったこと。それはひとえに、山本が、自分自身の本当の姿を受け止めるという難しい作業を実践できた結果です。山本には頭が下がる思いです。

 

事業部への実感、2年目は追客!

いよいよ2年目に入り、売上の実績が問われる年になってきました。今期はこれまでに出会ったお客様候補との関係をどう深めていき、「お役立ち」という形で関わることができるか、を目標にしています。
それが「販促番長!!」を新事業部として独立させることに繋がる上、私の夢である「経営者」を育てることになるのです。
もともと弊社は提案営業に長けた会社ですので、山本をバックアップしつつ、目標をしっかり進捗していければ、「販促番長!!」は成長できるのではないかと感じています。
新たな山本の成長が楽しみです。

事業部への実感、2年目は追客!

 

このページのTOPへ